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2020年1月11日土曜日

エビスファッション

年末年始でぼーっとした心身が、
今宮戎に行くことで、ぶるんとエンジンがかかり、年が始まる。
大阪の年明けはえべっさんなのだ。
というわけで、今年も参拝。相変わらずの賑わいだ。


毎年撮るけど、毎年すごいお賽銭。
大阪らしくて下品でよい。


帰り際にはまるでカセットデッキを背負っているかのように、
B-BOY風の男が福笹を背負っている。


そんな服でササを持ったら、パンダにしか見えなくなるじゃないか。
今年も今宮戎はいい感じ。


(今宮戎 大阪)

2019年10月4日金曜日

台南のいつもの夜

台南の町に到着した。
現代的な台北から50年ほどタイムスリップしたよう。
寺が立ち並ぶ細い路地で何かの演奏をしていた。



特別な夜でもなく、
毎晩どこかでこういうことが行われているそうだ。
台南のこういうところが大好きである。


演奏する人と、撮る人を撮る。
二人ともタイプの違ったいい顔をしている。

(正興街 台南)

2019年8月17日土曜日

死者を呼ぶ

仙台のカメラマンに絶対に行った方がいいといわれ、
その画像を見せてもらったのは5年前。
ようやく、念願の西馬音内盆踊りに来ることができた。


町には美しい提灯が吊るされている。

早速踊り子がいる。

と思ったら人形であった。

いざ、祭りの会場へ。
歴史景観が保全されている町のメインストリート櫓が建てられている。
その上では十数人の楽器隊が配備されている。

音楽を待つ踊り子たち。


そして、囃子が始まった。



お盆に行われているからという先入知識もあるからだろうが、
まるで死者をこの世に呼び込むかのようで。

頭巾の中から霊が見えているようで。



動画でみるとなおさらそうで。

頭巾の中はあどけない少女であったりするわけだ。


橋の欄干にも飾られている。

頭巾が売られていて、買おうかどうか真剣に迷ったあげく冷静になった。

祭りの衣装にはもう一派ある。編み笠を着た女性たちである。











阿波踊りのような編み笠を被っているが顔はずっと隠している。
ひとつひとつ指の先の動きまで確かめるように、ゆっくりと踊っている。
と書いたところで写真と文字では伝わらないので動画でどうぞ。



わかっていただけたであろうか。


着物がまたかっこよく、着物が線対称というルールのものでパッチワークされている。
すべて異なり、1つとして同じ衣装はなかった。
親子代々受け継がれ、数百年を超えるものもあるそうだ。





顔は出さないもののうなじだけが露出している。それが妖艶で美しい。



自販機でジュースを買う様さえも美しい。


ドリンクを取り出すさまも踊りの一部のようである。



結局、祭りの最後までいてしまった。
最後は櫓のお囃子が最高潮に達して終了。
あれ、このノリはクラブではないか。
ステージにDJがいて、みんなが踊って。

岩手と秋田の間

ある人から岩手県と秋田県の両者がいらないと言い合った地域があるときいた。
そこは、奥羽山脈の真ん中にある西和賀町。結局、岩手県となっていた。
盛岡市から1時間ほどで到着した。

ソバの花が満開である。
美しい田園風景が広がっている。

美しい公園、しかし、人気はまったくない。

人気はまったくない。車もあまり通らない。


だんだん風景がおかしくなってきた。
廃タイヤの安全第一君が道を見守る。

むしろ退化しているようにも思える。


突っ込みたいところはたくさんあるが、
いちばんツッコミたいのは「俺のコメ食べてください」
KTKではないないのか、ということである。



駐車場にボートがポツンとあった。

猿が運転している。

防水のためだろう、ビニール袋がかぶさっている。

手はこのようにハンドルにくくりつけられている。

そろそろ西和賀が終わろうとするときにダイナミックな人形があった。
地元の変人が作ったわけではなく「下前厄払い人形送り」という
この地域の祭りで使われる人形である。
この人形はここでは特別に巨大化しているが、祭りでは1mほど。
各地域でワラ人形を作り、その年の厄男が人形を肩車して歩く。
各家を訪問して、御神酒をもらいながら町中をそぞろ歩き、
町外れまで人形を送る。そして、木に高々と人形をくくりつけ、
各家庭からもってきた人数分の団子を人形にくくりつけ、
御神酒を供え、地域の人々の安全を祈る。

自分で書いていてもわけがわからない。



後でわかったことだが、なんと立派なキンタマがあるそうだ。
スカートをめくり忘れたことを今、まさに後悔している。

(湯田 西和賀 岩手)

2019年8月5日月曜日

青森祭り祭り5 青森ねぶた祭り

今日は、青森市のねぶた祭り。ね「ぷ」たではなくね「ぶ」たである。
今までの祭りのどの道よりも広く7車線の道を悠々と使う。
まるで軍事パレードのようである。


太鼓を7台置いても余裕がある幅。



ここのねぶたはワイドで立体感がある。
弘前と八戸は町ごとにねぷたや山車を作っていたが、
ここ青森は企業がねぶたを出しているのも特徴である。




いま、一緒に仕事をしている青森のデザイナー和久さんと合流。


ねぶたの行列に入れてもらう。
青森市のねぶたは浴衣さえ揃えたら部外者でも入ることができるのが特徴。
ねぶたの衣装一式は青森出身の会社の後輩のKくんの実家から借り受けた。
踊る人を「跳人(はねと)」といい、
「ラッセラー」の掛け声にあわせて大きくスキップを踏むように跳ねる。
何度も何度も跳ねる。ふくらはぎが痛い。
激しい跳人はアキレス腱を切るほどだそう。
子どもに跳人とつける青森人も多い。とかいう話は聞いたことはない。


今まで何度も青森市に来たが道の真ん中から見る青森の風景は今までとは全然違う。
大通りの真ん中を歩くというのがこんなに気持ちがいいものだとは。


祭りのあとは、本当に祭りのあとの寂しさが残る。

風俗店の無料案内所はこのぼりを重石をにして観賞していたようである。


まだねぶたが名残惜しいので車庫に戻るねぶたを見にいく。
ここはちょうど車庫の前にある橋の下。
ねぶたの高さは橋桁ギリギリである。
青森、弘前、八戸、五所川原、すべてのねぶたや山車は、
道路状況に合わせて作られていた。

精根尽き果てたおじさん。
ぼくも5日連続は流石に疲れた。

8月頭の青森はこれでもかといわんばかりに祭りがあった。
短い夏は太く楽しめとばかりに。
北国の人は暗くて物静かで我慢強いという印象があるけれども、
明るく激しく乱暴だった。
それは関西の祭りとは違うものであり、
より粗野で力強く、直接的であった。
関西の祭りは寺社仏閣にひもづき、
御神体の移動を神輿で派手に
演出するといったものがだいたいなのであるが、
八戸の三社大祭は確かに神社の祭りであった。
しかし、ねぶたの御神体はなんなのだ。どこの神社の祭りでもない。
梅原猛はねぶたを縄文的と称したけれども、
縄文なのか、なんなのか。
確かに縄文遺跡はたくさんあるけれども。
北に行った力がそのまま北海道を渡れず、
本性の北端で溜まって濃縮されたかのような独特さ。
まだ青森の核心に軽く触ったばかりである。