2018年8月29日水曜日

東京日下祭 第2部


第2部が幕を開けた。
リズミカルな音楽に合わせてダンスをする映像が始まった。



映像が終わるとダンサーたちが登場した。
栗林嶺が率いる。電通ダンス部による賑やかなパフォーマンスである。
若かった。爽やかだった。ミントグリーンの風が吹いていた。
ぼくが20代だったらダンス部青春を過ごしたかった。

ダンスからガラリと変わってマニアックに。
尾上鳥晃&村田チュン平の「5分でわかる『どう?』の歴史と実践」。

スライドのようなバカ男子高生のような遊びを7年間している。
2人とも超売れっ子のクリエイターだ。
その源泉はこういうバカなことを真面目にやる情熱にあるのかもしれない。


歓崎浩司はCM制作上のあるあるを『2億4千万の瞳』にあわせて演じる。
彼は数年間、同じ部にいて、スベり芸をやりがちなので、
今回もスベるんじゃないかと心配していた。しかし、見事な完成度だった。
たくさんのセリフを軽妙なテンポで繰り出す。
これは本番ぶっつけでは無理だ。きっとたくさん練習してくれたに違いない。



再登場、日本宴会芸学会。
バブル期に流行したといわれる「玉ねぎ占い」を披露。
「好き」「嫌い」と言いながら玉ねぎをむいていく。皮だけでなく中身もむいていく。
玉ねぎのにおいがステージに漂いおのずと涙が出てくる。
最後は大泣きしながら玉ねぎをむいていた。
あまりにきついにおいで舞台袖のぼくも泣いていた。
それにしても、よくもまあ人類はこんなにおいがするものを食べようと思ったものだ。



ここからは同期が続く。
葛石英人による「もりつき」。
彼は魚を突いてそれを食う満腹隊という団体の隊長をしている。
いつもは伊豆大島や真鶴で潜っているが今回は新橋で潜ってもらった、
ダンボールの魚が突けたようだ。



同じく同期の細野耕司による軽自動車SAMBARの改造についてのプレゼンテーション。
数年前、細野がSAMBARの改造日記を突然投稿しはじめ、
それがあまりにおもしろいものだから、出演願った。





事故をあまりに恐れるがあまりこうなった。
これが彼の改造だ。ほとんど彼のDIYでパーツはすべて特注だ。




これまた同期の田中偉一郎。

「ノーメッセージマン」の歌
口を開けざるを得ないのでなんと歌っているかわからない。
こう見えて部長であり、現代美術家としても有名である。

同期の大森康弘が率いる統合チョルーチョン。
クリエイティブ、営業、マーケ、メディア、デジタル、
それぞれが自分の所属にこだわり、硬直化し、セクショナリズムに
陥っている会社の状況を揶揄するショートコントだった。


仲間割れしていた社員たちが最後は合体する。
このコントは、セクショナリズムを打破するために最近設立され、
大森も配属となった『統合ソリューション局』の宣伝でもあった。
直前では出演予定の何名かがドタキャンし大変であった。
大盛りは人前でうんこをしたり、何かことばがよくききとれなかったり、
シュールでよくわからないコントばかりしていたが、
17年目にしてきちんとオチのあるコントを作ることができるようになったのだ。


再び日本宴会芸学会の登場だ。人間の頭で文字を書く。
筆の表情がすばらしい。


なんの文字かと思っているとぼくへの祝福だった。
大変、ありがたい。この字を持って帰ろうかと考えたが大きすぎるゆえ断念した。

赤松隆一郎。何度か仕事をしたことがある先輩だ
仕事もできて男前、しかも歌もうまい。天に何物かを与えられたか先輩である。
「グリーンDAKARAちゃん」の作詞作曲、歌と演奏までしている。
まずは、それを生演奏し、そのあとはオリジナルソングを演奏した。
気持ちいい曲だった。


関西から唯一の参戦、小路翼。
十八番の河村隆一のモノマネで参戦だ。
もう10回ぐらい見ているが何度見ても笑える。
仕事の段取りはとても悪いが芸は一流だ。


最後は並河進。
ぼくの顔をモーフィングしたような何かでポエトリーリーディングが始まった。

そのあとはダンス。
こう見えて役員だ。


そこからのポエトリーリーディング。
もうこれは、ポエトリーダンシングリーディングという新たなジャンルだ。


ジョンレノンのような直接的で愛に満ちたそれは
ぼくのこころに届いていた。

そして、ぼくの番だ。
デザイントークということなのでトークでしめなくてはいけない。



自分の人生を凝縮した10分のトークだ。
内容は以前出演した TEDx @Youth Nambaに近い。
よかったらTEDxの映像をみてほしい。

格好はまったく違うが言ってることはだいたい同じだ。




日下祭がついに終わった。

みんないい表情をしている。


最後に出演者で記念撮影。
電通の多才な人々に祝ってもらってぼくは幸せ者だ。

たった2時間だがぼくには8時間ほどに感じた。
とても長い1日だった。準備も気が重かった。
ここにいる人は全員出演を快諾してくれた人たちだが、
出演を拒否されたことも少なからずあった。
出演者がなかなか集まらず、準備も多く、
どうしてこんなことをはじめてしまったんだと後悔したこともあった。
ただ話すだけの方がどれだけ楽だったかと。
でも、やってよかった。

大阪は夜、宴会場でやったわけで、
今回は昼、大ホールでやったわけだ。
酒や場所の雰囲気に頼れず、明るくフォーマルな場所で
そこにそぐわぬパフォーマンスを次々とする。
それは、ストリッパーが明るい照明の中で踊りを踊っているようで、
隠したいことがあるのに、すべて照らされてしまうよう。
それは2時間で終わる白昼夢。
みんなは何事もなかったかのように仕事に戻っていく。
それは、大阪の日下祭とは異質のものだった。

この祭りはよかったのか、悪かったのか。
おもしろかったのか、つまらなかったのか。
どう評価していいかわからぬまったくもって新しく珍しいものなのである。
そういうものはしばらく経って振り返ると
伝説になっているのである。

司会および裏方のみなさま、
こんなアウェイなステージでご出演していただいたみなさま。
こんな奇妙なイベントに足を運んでいただいたみなさま、
本当にありがとうございます。


(写真:進藤祐光)