2015年2月6日金曜日

日下祭 第一部

二月六日、大安、日下祭。
人生一世一代の自身の名を冠する祭りの日。
佐治敬三賞という立派な賞をいただき、その受賞パーティを日下祭として行う。
佐治敬三賞とは以下の通りである。
大阪広告協会創立20周年事業(1967年)に、サントリー株式会社の協力を得て、大阪広告協会サントリー奨励賞として制定された。以来、広告技術の向上を目的に、常に広告文化の新しい時代を拓く若きクリエイターを顕彰してきている。サントリー株式会社 佐治敬三氏の広告クリエイターに対する限りない期待と当賞への情熱を称え、2000年より大阪広告協会“やってみなはれ”佐治敬三賞と改められた。


関西広告界の沢村賞と思っていただけたらよいだろうか。
豪快だった佐治敬三サントリー元社長の名にあやかってか
いただいたものは歴代派手なお披露目パーティをせねばならぬという宿命がある。
どうせやるなら歴代でもっとも派手にやってやろうではないか。
その受賞パーティを「日下祭」という形で執り行った。




会場は千日前味園ビル


味園ユニバース。いろいろな思い出がつまった場所。
味園ビル地下のMACAOというクラブがなければすべてはなかった。
ここでやるしかないと決めていた。     



入口には商店街ポスター展の作品を掲出する。
佐治敬三賞は商店街ポスター展が評価されての受賞だったからである。
ミナミのど真ん中なので一般の人々も結構見ている。
ここや屋内にポスターを貼り、フードは新世界市場と文の里商店街のもので揃えた。




行列に誘われて一般人も混ざっていたらしい。なんだこのイベントはと。

受付はこのような日下らしいことになっている。


素晴らしい場所でたくさんの人間を集めたからには
それにふさわしい格好をしなければならない。


頭を剃り


バリカンで整え



できあがり


横から見てもカンペキだ。
楽屋のチラシとあいまってハードコアバンドにいそうだ。


さらにちょんまげを装着する。


バッチリ完成だ。
髪の長さがちょんまげを結うまでには足らず、
土台は地毛だがまげは人工である。




美容師さん、ありがとう。



楽屋はこのようになっている。
出番前の社員たちがホステスのようにメイクにいそしむ。
この時の女子トークが録音しておけばよかったと
思うほどにおもしろかったのである。

DJ池田社長が下半身はふんどし姿でホールを温めている。


いざ出陣




若人たち(会社の後輩)が担ぐ神輿にのって北島三郎の「まつり」で登場だ。 

会場をぐるりと回り、ステージ上の玉座に着席する。



美女に囲まれご満悦である。


乾杯の挨拶は所属する組織の長、松井局長。
これは、セルフ祭ではない。
あくまでも会社関係者のパーティなのである。


続いて佐治敬三賞 山田審査委員長のあいさつ。

賞および受賞者日下慶太についての言及よりも、
この味園ビルがいかに卑猥な場所であったかと
いうことについての言及の方が多かった。


続いて文の里商店街ポスター展を主催した大阪商工会議所流通活性化委員長、
山本さんの挨拶。山本さんは昆布で有名な小倉屋山本の社長でもある。
そう、日下祭は実はフォーマルなのである。

 司会は電通一よい声を持つ今野民人。同期でもある。


さて、祭りの本番。芸の奉納が始まる。
下々の者が日下王に芸を奉納する、それが日下祭だ。
演目のトップバッターは田中真輝。会社の先輩である。


細川たかしの名曲『北酒場』
「♪飲めといわれて素直に飲んだ」の歌詞を
「刺せといわれて 素直に刺した」と歌いながらオデコに爪楊枝を刺していく。



オデコに爪楊枝が8本も刺さっている。
しかし、これはまだ序章に過ぎない。


歌の2番が始まると
「燃やせと言われて素直に燃やした」と歌いながら爪楊枝を燃やしていく。

観客まで巻き込んでのアトラクション、
リハに余念がなかっただけあって完璧である。

この芸をはじめてみたのは新入社員の時だ。
確か新人歓迎会の時、新人の宿命として芸を披露したあと
2期上の先輩の芸を見てショックを受けたのである。
「なんて会社に入ってしまったのだ」と。自身の芸を恥じる他ない。
この伝説の芸をマサキさんは5年間封印していた。
爪楊枝の後で化膿した額を見た奥さんがドン引きをし、
禁断の技とされていたのだ。
祭りが終わって家に着いたらきっとまた奥さんに怒られたに違いない、
ありがとう、マサキさん。これぞ、究極の宴会芸。
トップバッターはこあなたしかいないと決めていた。


2番手、堂島ハワイアンセンター。会社の有志たちのユニットである。


センター長は辻中達也。
毎日が日曜日のような、電通社員でもっともアロハシャツが似合う人。









会社の後輩たちがとてもかわいい!
普段こんなにかわいかったっけ。
いつもこの衣装で働いていてほしい。



後輩の山ちゃんは現地人のようである。


センター長のウクレレソロ。
ゆるい辻中さんがこんなに緊張したところは見たことがない。

芸を奉納するという会の主旨をきちんとわかっている。



千日前の地下にハワイの南風が吹く。
祝祭のモードがこれを皮切りに加速していった。

祭りの1週間ほど前に、ぼくが昼休みにたまたま会議室に入ったら
みんながフラダンスの練習していて、
ハワイ諸島が暴風雨に襲われたかのようだったけれども、
ぼくは何も見ていない。ありがとう、堂島ハワイアンセンターのみなさん。






3番手、フラフラメンコ。会社の女子のユニットだ。






昔フラメンコを習っていた&今フラメンコを習っているという混成チームのため
ユニット名の通り、時折ふらふらで踊りの完成度にばらつきがあったが
ステージに立つことこそが日下祭!
習い事を披露する舞台がユニバース、これこそが日下祭の究極の意義である。


なおステージサイドには解説の先輩お二人。
関西電通でいちばん弁が立つといっても
過言ではない遠山芳美&田中ヒロノブのコンビ。
二人とも芸人レベルの話術を持っていながらも、それが
広告物に全く生かされていないというところが共通している。


4番目、ラムファン。会社の後輩の佐藤朝子(手前)と
会社の元先輩であり関西アングラの妖精である松井美弥子さんのユニットだ。



素朴な歌が会場に広がる。


みんな退屈しているのではない。


ただただ聴き入っているのである。



歌っていたのは『世界平和の方法』というオリジナルソング。
どうやったら世界平和を達成できるか、その方法を
メロディにのせてユーモラスに提示してくれる。
テロやいろんなことがあってすぐだったから、本当に心に浸みた。
ここに動画がある。『世界平和の方法』ぜひ聴いてほしい。



5番手、ナランチャ。セルフ祭から初めての使者。
「ゴミ箱ベース」と自ら呼ぶ自作楽器。
ポリバケツと木の棒をワイヤーで結んだ弦楽器。
ウッドベースのようないい音がする。


さらに自作の水道パイプのようなものでディジュリドゥのような演奏をする。



彼と出会ったのは難波だった。
高島屋の前でバケツで演奏している時に声をかけたのだ。
そこから彼との仲は続いていて、
セルフ祭などことあるごとにイベントに出演してくれている。
ユニバースのステージに立てるならばと、
ようやく就いたばかりの仕事(ずっとニートだった)を調整してでの参戦だ。


芸を奉納したものには朕は褒美を授ける。
手前の金塊を芸に応じて与えるのだ。



ギラギラの会場を駆け回るカメラマンがいる。


それは槻ノ木比呂志、
アホの弾丸が飛び交う中、ロバート・キャパなみの決定的な瞬間を撮ってくれた。
このブログのだいたいの写真は彼のものである。



6番手、ぬけぬけJAPAN。セルフ祭から 気持ち悪い3人組が登場である。




朕は玉座から拉致され




土俵入り
尻相撲をとるはめになった。

負けしまった。殿が負けるはずはない。
負けたのは地下足袋が滑って滑って仕方がなかったのだ。

敗者はマユを切れということか、はさみが自身の前に差し出された。



はさみが100円均一の文房具用のもので、
髷が切れない。結局先っぽだけを切ることにした。




ぬけぬけJAPAN、これにて終了。



7番手、谷内一光。

一見さわやかな青年であるが

こうなる。
ペンキを被り、絵を描く。これが谷内一光なのである。



「血が出た」と大声で叫ぶ。


『バットマン ダークナイト』のジョーカーよりも迫真の演技である。





ユニバースのステージで谷内一光を見れた人は幸福である。
ここ以上にこのパフォーマンスにふさわしいステージがあるだろうか。
第一部のトリはこれしかなかった。これにて第一部終了。

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