久しぶりの女川へ。
ポスター展から約1年。女川の町にはポスターがまだ残っていた。
女川の海風と雨はさすがに強烈で雨ざらしのポスターは変色していた。
そんな女川ではポスター全集を持って
それぞれの店主にサインをもらうのがちょっとしたブームなのだとか。
本当に何がどうなるかわからない。
女川駅前がえらいことになっていた。
プロムナードができて、おしゃれになってジャズがかかっている。
まるでアメリカのどこかの海岸のよう。
仮設店舗から移った店も多々ある。
前の時のポスターをそのまま新店舗に貼ってくれている。
おしゃれなプロムナードには似合っていないがうれしかった。前の時のポスターをそのまま新店舗に貼ってくれている。
プロムナードのもっとも海側には津波で倒れた交番が残っている。
気仙沼の陸にあがった船など、様々な被災地が震災の跡を撤去する中、女川は残すことを選んだ。
「震災を思い出すから撤去してほしい」という意見も多々あったと思う。
その決断に敬意を表したい。
駅から出るとプロムナードの橋まではゆるやかな下り坂になっていて
そのまま海が見える。
防潮堤を作る町が多い中、女川は高台移転を選び、海が見えることを選んだ。
そのまま海が見える。
防潮堤を作る町が多い中、女川は高台移転を選び、海が見えることを選んだ。
町の入口からまっすぐ海が見渡せるということに
女川の海に対する並々ならぬ覚悟が見えた。
プロムナードは女川っぽくない、という意見もあった。
ぼくも正直、そんな気持ちもある。
女川の中華料理店の金華楼で昼飯を食べていると
大将がこんなことを言った。
「プロムナード行った?あそこね、人がたくさん歩いてるの。
女川でそういう光景を久しぶりに見てね。
ああ、これが『まち』ってことか
『まち』っていいもんだなあって思ったんだよね」
岡さんといい、やっぱり女川の人はいいこと言う。
人間と同じように「まち」にも健康というものがある。
女川は大怪我をしてしまった。
福島は大怪我をして病気になってしまった。
健康のありがたさは病気になってはじめてわかる。
女川の人たちの話は「まち」そのものが
普通でいることのありがたさを教えてくれる。
0 件のコメント:
コメントを投稿