2014年6月11日水曜日

プルースト巡礼(想像と現実)


シャルトルから30分。
どうにかこうにかイリエ=コンブレーにやってきた。
この町はガイドブックにも載っていない町。
どうしてこんな場所にやってきたかというと
『失われた時を求めて』という小説の舞台であったからである。
(というわけで、この記事はプルーストに興味がない人は退屈かもしれない)
元々は「イリエ」という町であったが、
プルーストがここをモデルに「コンブレー」という町を書いて、
それで訪れる人が増えたために、町の名前を「イリエ=コンブレー」とした。

マルセル・プルースト作のこの小説は20世紀最高の文学とも評される。
日本語版(集英社)だと全13巻でそれぞれ500ページほどで長い、ひたすら長い。
しかも一文が長く、物語の展開は少なく、読むには時間と忍耐がいる。
フランスでは『失われた時を求めて』を読破した者は
その事実を名刺に刷り込むだけの価値があると言われているそうである。
ぼくも未だ読破した人に会ったことはない。
誰の言葉かは忘れたが「プルーストを読む時は恩寵のように訪れる」と書いていたが、
本当にそう。仕事をしながらではなかなか読めない。
ぼくは病気で休んだときにそれが恩寵のように訪れた。
読書中は、何度も読むのをやめようかとおもった。
退屈であるし、まどろっこしいし、もっと他に読むべきものがあるのではないかと。
しかし、読破した瞬間は腰が抜けてしまって1日動けなかった。
それほどすばらしかった。文章の美しさでいえば、プルーストを越える人はいない。
プルーストはいちばん好きな作家。聡明で、病弱で、神経質で、美しい1人の友だちを得たような読書体験。今日はその友だちを訪れに行く。



その前に、二日前の巡礼のことを。
パリのカルヴァナレ博物館に行ったのはプルーストの部屋をみたいがため。
すべて本人が使っていた実物とプルーストの著述から部屋を忠実に再現している。


プルーストは執筆に集中するために音が一切しないように
コルクを部屋の内壁に張ったのである。





駅前には1軒のホテル兼レストランしかない。
街路樹に沿って歩く。人っ子一人いない。



『マルセル・プルースト大学』がある。
教科書は『失われた時を求めて』なのだろうか。

町の中心部の教会が見えてきた。

町の中心部へ。『ドクター・プルースト』通り。プルーストの父親である。



小説で登場するレオニ叔母さんの家。
これが現存しており『プルースト博物館』として開放されている。



病弱だったレオニ叔母さん。

ベッドから離れなかったレオニ叔母さんは
暇つぶしに窓からずっと町を眺めていた。

『プルースト効果』で有名なマドレーヌと菩提樹のお茶。



本棚にはプルースト少年が愛読していた『サン・シモン回想録』と
祖母が愛読していた『セヴィニエ夫人の手紙』


プルースト少年が寝ていたベッド。
小説ではコンブレーの地にレオニ叔母さんの家とは
別にプルーストの別荘があり、そこにプルースト少年の1室があった。
実際はレオニ叔母さんの家にプルースト一家が泊まりにきていた。
その家とベッドは小説で思っていたよりも貧相だった。


プルーストが歩いただろう川沿いの散歩道を歩く。ここはとても小説の世界に近い。


しかし、釣りをしている少年がいる、またもやイメージを裏切られる。

気を取り直して川沿いの道を歩く。

さらに歩くとプルーストの庭に行き着く。



タンソンヴィル通り、小説の中で出てきた道!


小説のイメージと現実が一致しすぎて呆然。感動しすぎて動けない。
この道を抜けたところでジルベルトが母親のオデットと遊んでいたのかあ。

さらに川沿いの散歩道は続く。本当に長閑な風景が広がる。


町外れの豪邸。これはスワン家のモデルだろうか。
小説上のスワン家は確かにこんなイメージだ。

散歩を終えて駅に到着する。
列車のおかげで滞在時間が予定よりも短くなったけど、
都会の喧噪から離れたのどかな一日だった。

想像と現実という、プルーストも書いていたことを改めて気づかされる旅だった。
コンブレーとパリ双方で見たプルーストの部屋は想像よりも貧相で、期待外れだった。
美しいイメージはイメージのまま置いておけばよいのだろうか。
美しい小説世界を現実を知ることによって壊さなくてもよいのかもしれない。
プルーストも来なくていいと言っているような気もした。
しかし、散歩道は素晴らしく、主人公の追体験ができたのだが。
とにもかくにも深く考えさせられる贅沢な散歩であった。

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