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2023年9月21日木曜日

がんばるタイ料理屋

 空き地にポツンとタイ料理店。駐車場は店のキャパよりはるかに広い。

(伊那 長野)



2023年6月30日金曜日

東北の神社

知人に薦められた神社、八戸の櫛引八幡宮へ。茅の輪をくぐるおばあさん。

手洗い場に紫陽花が浮かんでいる。


境内の脇にある土俵にはカバーがかけられている。森に囲まれたよい神社である。写真の撮影は禁じられていたのでここにはあげることはできないが、国宝の鎌倉時代の鎧がが見事で、これをみるためだけでも行く価値はある。


神社の周辺を歩く。この円形の建物はどういう役割なんだろう。

畑と洗濯物が一体となっている庭。

下がレンガで上が木造の屋根。こういったタイプのものは関西になく、この工法の意味を知りたいが誰にきいたらいいかわからない。

(櫛引 八戸 青森)

2023年6月3日土曜日

蔦の建物

蔦に囲まれた家の人が蔦の剪定していた。毎日大変だろう。

窓の付近は見事に剪定されている。

(窪川 四万十 高知)



 

2022年6月27日月曜日

円い漁港

長万部の少し南にある国縫漁港はとても不思議な形をしている。

晴れの日も、雨の日も絵になる。


上空から見るとわかりやすい。付近はずっと砂浜が続くので港に適した場所がなかったから沖に人工的に作ったのだと推測される。


不思議な漁港で不思議な釣り方をするおじさんたち。岸壁が高いからこうせざるを得ないのだろう。

 (国縫 長万部町)

2022年3月13日日曜日

入りづらい

男性がするところはもちろん、女子が入るところも見えてしまうトイレである。

2020年12月22日火曜日

火は上る


 火は上に上るのだと、焼け跡を見て改めて

(阿倍野 大阪)

2020年11月13日金曜日

焼火神社へ

西ノ島で絶対に行っておいた方がよいと
多方面から言われた焼火(たくひ)神社へ。
駐車場から30分ほど山道を歩きようやく境内にたどり着いた。
誰にも会わず、神社にも誰もないない。神秘を独り占めである。

まず驚いたのがほぼ山頂といっていいほどの山の上なのに
樹齢千年の立派な杉があったということ。
山の上は水が少ないので大きな木があること自体が奇跡的だと
大阪の妙見山で聞いたのだった。




そして、この社殿である。どうやって建てたんだろう。
そして、あの穴の中には何があるのか、神が座すのか。

(西ノ島)




 

2020年1月14日火曜日

高い香港

香港に着いた。
普通のビジネスホテルにチェックインした。
部屋は25階。
香港はデフォルトでビルが高い。


よく見るとヘリコプターが止まっている。



下を見るとビルの屋上。このビルでも15階建てぐらいだ。



ビルも高いがバスも高い。


狭い場所にたくさんの人が住んでいるので、すべてが高い。



空が遠い。




お寺はさすがに低かった。




対岸のビル群も高い。
真ん中のビルが100階建てと高すぎるから、
他のビルが低く見えるが、30階はだいたい超えている。



ストレッチするおばさんの高さは普通だった。

道端で話すおじさんの身長は平均より少し低かった。

(上環 香港)

2019年9月6日金曜日

奥只見ダークライン

開高健の「フィッシュ・オン」の中に
彼が人里離れた山荘に篭って一人ずっと大イワナを狙うという話がある。
大イワナを釣りたいという気持ちと、
人里の離れ方があまりにすごかったので、ずっと行ってみたいと思っていた。
それは新潟と群馬の県境にある銀山湖。
新潟市内で用があったので足を伸ばした。
とはいえ新潟市内から2時間以上。
新潟県南部の奥只見シルバーラインという道を行く。
トンネルを抜けるとまたトンネル。
シルバーといってもトンネルだらけでダークである。

今度はトンネルがなかなか終わらない。

トンネルというのは大概まっすぐだがカーブが多い。

この矢印がかっこいい。
(車を最徐行して撮影)

トンネルが終わらない。

あまりにトンネルが続くし、
車もほとんどいないので車を止めて降りてみた。
車の中からわからなかった肌で感じる重い冷気。

 しかも岸壁の半分ぐらいがコンクリートで固められていない。
坑道をそのまま道にしたようである。
トンネルからなかなか抜けずに不安になってくる。

トンネルを20分ほど走っただろうか、やっとトンネルを抜けた。

トンネルの奥は別世界。
トンネル入口と比べて気温、湿度、気圧、音が違った。
違う惑星に来たかのよう。

これで終わりかと思ったらまたトンネルが始まった。

目的地の銀山平まであと2kmようやく心が落ち着いた。

奥只見シルバーラインは全長22kmのうち18kmがトンネルである。
しかも19個もトンネルがある。
奥只見ダムを建設するために強引にこの道を作ったそうだ。
1月上旬から3月いっぱいまで雪で閉鎖される。


トンネルを抜けに抜け、釣れたのは30センチほどのニジマス1匹だけであった。
しかし、大きなイワナとニジマスは確かにいた。
またダークラインを抜けて大イワナに挑みたい。

(奥只見湖 新潟)


2019年8月20日火曜日

そびえるマンション

青森の名山、岩木山を邪魔するもの

ちょうど真ん中に邪魔するもの。

(弘前 青森)

2019年8月4日日曜日

いけなかったぞうハウス

地元五所川原出身、吉幾三のいくぞうHOUSUは閉まっていた。

東京さに行ってしまったからだろうか。
ちなみに、吉幾三と年齢と生家が近い人に聞くと
テレビとラジオはあったそうだ。 


いくぞうハウスの門にあったこのキャップは吉幾三のものと信じたい。


(金木 五所川原 青森)


2019年7月22日月曜日

平泉の静かな隙

ずっと憧れていた中尊寺金色堂。受付がすでに美しい。

金色堂の写真撮影は禁止されていたけれどもこの写真は撮れたのでよしとしよう。

(平泉町 岩手)

残念光発電

立派な屋根瓦を台無しにする太陽光パネルであった。

(一関 岩手)




2019年7月20日土曜日

海のそばなのに海が見えない

4年ぶりに陸前高田だ。以前来た時はたった1つの集合住宅ができたばかりであとは更地だった。今はショッピングセンターができ、他の地域にも町ができつつあった。

高台に造成された住宅地にあった真新しいベンチ。ここに座って遠く海を見つめるのだろうか。家はまだ完成されておらず、このベンチに人が座るまでもう少しかかりそうである。



左が現在の看板、右が震災当時の看板だ。
これだけかさ上げされているということだ。

かさ上げされた町から海の方へ降りていく。奇跡の一本松が孤独に立っていた。


背後には壊れたままの建物がある。

すぐ横を流れる気仙川の看板も当時のままだ。震災から1ヶ月後に被災地に行った。看板やガードレールがわかめのようにねじれていたことを思い出す。それらは水中にあり、水の力が作用したからこうなっている。

海沿いには防潮堤が立っていた。

高い。本当に高い。高さは12mほど。安藤建築の壁のように無機的に。

防潮堤を越えると海がある。海の国と陸の国を隔てる国境のように防潮堤は立っている。


まだ多くのものが建設中だった。海のそばの町なのに海が見えない。海風が木々を揺らすことも少なくなるだろう。環境が変化するだろう。まるで海の全てを拒否するかのようにそれは建っていた。これは陸前高田だけではなく被災地のあちこちで作られている。海とともに数千年生きてきた町なのに、海と町との関係が大いに変わってしまう。もちろん、甚大な被害があったからだが、このあり方が正しかったのだろうか。まるでゼネコンを儲けさせるために作っているように思えた。

住民の人に聞くと、高台移設と防潮堤の建設は勝手に決められていたと。防潮堤ができたとして、どうせ津波は防潮堤を越える。防潮堤がすべてを受け止めるのと破壊されてしまうので一部を逃して津波を越させてを力を逃すようにしたそうだ。しかし、津波が海へ戻る際に壁が邪魔するから、水が溜まってしまう。そのとき、第二波がきたらどうするんだと言っていた。しかも陸前高田は高台移転をしているのだ。

津波の被害を受けていない外野が言っていることは重々承知だ。ただ、これから生まれてくる人々はこの壁を見てどう思うのだろう。建てた人々のことをどう思うのだろう。

(陸前高田 岩手)