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2023年10月17日火曜日

納品


 道の駅に農産物を納品するおばあさん


(駒ヶ根 長野)

2022年5月27日金曜日

高松の深い海

高松の横丁で泥酔する老人。まるで深海に住む魚のようだった。

(片原町 高松)

2022年3月13日日曜日

島の荷物

 

大津島へと渡る。荷物を受けとるおばちゃん。

荷物を運ぶ姿が美しい。

(馬島 大津島 周南)

2022年1月17日月曜日

IKEAの上手な使い方

明らかに家具を買いに来たわけではない近所の老人が、IKEAのカフェでクロスワードを解いていた。

(港島中町 神戸)

2022年1月10日月曜日

対策をかい潜る

ビニールカーテンをかい潜って話すおばあさん


シート越しでもきっと聞こえるとは思う。


(住吉大社 大阪)

2021年11月29日月曜日

須崎の隙

休憩中にガラケーを見る警備員。須崎に入る。


街をぶらぶらとする。土にうまったおじさんはシビアな商談をしていた。


小さなボートが陸に上げられている。


この赤いベンチでひなたぼっこをするのだろう。

漁港では釣り仲間がわきあいあい。



まるで天国に向かっていくようなおばあさん。時間がゆっくりと流れていてシャッタースピードもなんだかゆっくり。

(須崎 高知)

2021年8月20日金曜日

夏バテの祖父


 孫に付き合わされて祖父は微動だにせず虫を取る気なし


(阿倍野 大阪)

2021年8月5日木曜日

生協がやってきた

みんなの楽しみ、生協がやってきた。

(阿倍野 大阪) 

2020年10月25日日曜日

おばあさんの光


 飛行機に乗る。
上空の光を浴びて寝るおばあさん。

2020年9月5日土曜日

座欲




座る場所を貪欲に求めた結果、
ソーシャルディスタンスが保てなくなってしまった。

(弘前駅)

2019年12月14日土曜日

ピザ屋

老婆たちが店の前に立っている。
ずっと佇んだまま動かない。


見物しているのはシェフがピザ生地をこねているところ。
イタリアンにするかお好み焼きにするか、
これを見ながら熱い議論を重ねていた。
ぼくがこの場にいたのなら、
早く店をきめようとイライラしていただろう。

(天王寺 大阪)


2019年11月24日日曜日

不憫なバス停


冷たいコンクリートの上でバスを待つおばあちゃん。
ベンチを設置してあげたいところである。


(三ケ 射水 富山)


2019年11月7日木曜日

老夫婦はゆく

老夫婦は行く。

まるで若者のようにどこまでも。

そして、ぼくは老夫婦を見失ってしまった。

(上本町 大阪)

2019年9月23日月曜日

さびれた中庭

台風の中、中庭を手入れするおばあさん。

(珠洲 石川)

2019年9月14日土曜日

北へ北へキリスト

おばちゃんとキリスト看板。
ここ、津軽半島と下北半島もそうであったが、
岬の先へ行けば行くほどキリスト看板が多くなるのである。

(三厩 青森)

2019年7月31日水曜日

おそらく元投手

信号待ちをするおじいさん。自転車からおりて

投球練習を始める。

肩が温まっていないからか、軽く投げる。


2投目の準備をしている時に信号が変わった。
右手は確実にボールを持っている。

(中崎町 大阪)


2019年4月22日月曜日

その手があったか

母親を自転車に乗せて押す息子。

(堂島 大赤)

2018年12月11日火曜日

大湯の隙

大湯の街をぶらぶらと歩く。
雪は積もっているが当たり前のようにおばあちゃんは移動している。

当たり前のようにバスは運行している。


おばあちゃんのブーツは少しゆがんでいる。

そのままどこかへと歩き去った。

(大湯 鹿角 秋田)

2018年11月3日土曜日

枯れていくもの

美しい紅葉と、人生が紅葉してきたおばあちゃん。

(大山寺 鳥取)

2018年7月16日月曜日

治りつつある老人

善光寺を参拝する。
老人たちがうれしそうに仏像を触っている。まるでアイドルと握手しているようだ。
賓頭盧尊者像(びんずるそんじゃぞう)といい、
自分の具合が悪いところと同じ箇所をなでると、治るそうだ。


本当にうれしそうである。
もうすでに完治していそうである。

(善光寺 長野)