2012年8月15日水曜日

聖地巡礼

去年に引き続き、カマソニこと釜ヶ崎夏祭りにやってきた。
今回は去年逃してしまった釜ヶ崎ツアーに参加する。

『釜ヶ崎』を知らない人のために軽く説明しておくと
ここは日雇い労働者の町で「あいりん地区」とも言われる。
大阪市西成区にもあるので「西成」というのもここをさす意味で使われる。
東京三谷、横浜寿町、大阪釜ヶ崎が日本三大ドヤ街といわれているが、
釜ヶ崎が圧倒的に大きい。1キロ四方に約4万人が住んでいる。
人口密度は日本一である。

大阪万博の頃に釜ヶ崎に来て三十数年、釜ヶ崎の生き字引と言われる
水野阿修羅さんの案内で釜ヶ崎を歩く。


「阿修羅」とう名前、紫の頭にピアス、
しかも、そのピアスは安全ピン・・・ただものではない。


「このアパートには柵が着いてるでしょ、
 これはねみんな治安が悪いから防犯用と思っているけど、
 そうじゃないんです。
 覚せい剤中毒になって飛び降りる人が多いからなんです。
 最近も一人飛び降りちゃいましたねえ」と飄々と語る水野さん。
 一発目からこれかよ、おい。




「ここは、昔、大阪市の境目だったんです。
 道路より向こうは大阪市、こっちが今宮村。このあたりは畑だったんです。
 ところが、大阪市が100年前に、日本橋あたりにあったスラムで
 コレラやペストが大量発生したので、
 それを市外にと釜ヶ崎に丸ごと移したんです。
 それとともに、千日前にあった遊郭は、飛田に移りました。
 
 水はけの悪い土地にスラムができ、
 スラムのすぐ近くには遊郭とがある。
 世界中どこでもそう考えていて、間違いではありません」

自身の経験から得た知識だけではなく、本や歴史から得た知識も交えて
話す水野さん。タモリさんがいたら興奮しっぱなしであったろう。
これはもう、ブラタモリ「釜ヶ崎」編である。



「向こうにある茶色い建物は、このあたりで多くある『大隅アパート』
 なぜ『大隅アパート』が多くあるかというと、
 明治の頃、大阪市が木賃宿(最下層の安宿)が貧困の温床だと
 いうことで営業が禁止されたんです。
 なので、向こうに見える当時の大阪市では木賃宿の代わりに
 ”日払い可能のアパート”という形態で営業を始めたんです」


ここも大隅グループのアパート。
今、ここは日本人はほとんど住んでいない。
スーパー玉出が中国人従業員をここに住まわせ
まるでスーパー玉出の社宅のようになっている。



ここは古いタイプのドヤ。
2階建てベッドを強引に2部屋にしたようなつくり。
1泊800円ほど。
だいたい1泊1000円ぐらい。
エアコン付きで1200円がドヤの相場とのこと。



さあ、いよいよ聖地の中の聖地、あいりん労働福祉センターへ。 (つづく)




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